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■象が踏んでも壊れない筆箱
 ……というのが1970年代に流行った、らしい。
 どれくらい流行ったかというと、小学生の筆箱は9割がたはその「象が踏んでも壊れない筆箱」であり、週末ともなれば件の筆箱を持った小学生が動物園に大挙して押し寄せ、こぞって象に筆箱を踏ませていたというからすさまじい。
 当時の小学生の間では「何度象に踏ませたか」がひとつのステータスになっていたほどである、らしい。もちろん私は知りません。生まれてないし(1985年生まれ)。

 しかしふと思えば、たかが筆箱に
 「象が踏んでも壊れない」
 ような強度が必要だろうか? そもそも「象に筆箱を踏まれる」というシチュエーションが日本においてどれほどの確立で発生するだろうか。いや、まったく発生しないといっても過言ではないだろう。それなら、同じような路線でも「10tトラックに轢かれても壊れない筆箱」の方がまだ現実的で、身近な感じだ。

 ではなぜこんなものを作ったのだろうか? 考えてみる。

 「筆箱」というのはまず、実用品である。明らかに無駄と思われる機能(ルーペ、鏡、温度計、鍵、やたら多いフタ、etc)を満載したものもあるにはあるが、やはりそれらも(おそらく、だが)実用性に指向しており、少なくとも嗜好品でないことは確かだ。

 ということは、である。
 この一見不必要と思われる「象に踏まれても壊れない」ような強度も、実用を見越して設計されていると考えてしかるべきではないか。

 実用となれば、実際に機能しなくてはいけないわけで、件の性能を発揮しようとするなら、象に筆箱が踏まれる危険性がある状況、少なくとも日常的に象と遭遇するような状況が必要になる。そして筆箱を使うのは人間だ。
 では、象と日常的に遭遇する人間とは? そう、象使いである。
 彼らは日常的に象と接しており、それだけ象の被害にあう確立も高い。「象に筆箱を踏み壊されてしまう」ということもあるにちがいない。そんな被害を防ぐために考えられたのがあの「象に踏まれても壊れない筆箱」なのだろう。うむ、そうにちがいない。
 しかし件の筆箱が象使いの間で使われているという話を聞いたことはない。どうして、惜しいものである。ここはひとつ、柳楽優弥くんに件の筆箱を持たせてみてはどうだろうか? などと考えたり考えなかったり。


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