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■scraps #52
 茜色の夕日が地平を隠す山々の間に落ちようとしている。黄昏時。操は橋の真ん中で赤く染まる河に見入っていた。手にはレジ袋。買い物の帰りである。
 赤い世界。赤色。操の嫌いな色だった。しかし夕焼けは違う。赤と表現はしても実際橙色や紫だ。鮮烈な赤に夕暮れが染まることはない。とまれ、一日のうちのごくわずかな時間にだけ現れる景色に操は足を止められたのだった。
 と、その目が川面に動くものを見つけた。流れてくる小さな点。それは笹舟だった。誰が流したものだろう。物珍しさにその動きを追う操。今彼女は流れに対して上を向く位置にいるため、笹舟は必然的に向かってくる。じょじょに近づく笹舟。橋の影に隠れようとするのを、操は欄干から身を乗り出して追った。しかしすぐに笹舟は流れ、橋の下に消える。乗り出した身を起こそうと、操は腕に力をいれた。その時である。
「操っ!」
 いつもの声だが、いつもとは調子の違う声が彼女を呼んだ。橋の歩道に身を戻し、声のした方に首を向ける操。その目の先には竜子がいた。駆けてくる竜子は操の前で足を止め、膝に両手をついた。肩で息をしている。なにやらただならぬ様子だが、それよりも苦しそうな竜子が気になる操。欄干から手を離し、竜子の大きく上下する肩に手をのばす。
「竜ちゃん、大丈夫? なにかあったの?」
 問う。しかし答えは返らず、伸ばした手も肩に触れることはできなかった。触れるより早くその手を竜子に握り返されたのだ。ハッとする操。竜子は手を握ったまま顔を上げた。操の両目を覗き、肩で息をしたまま問う。
「アンタは、大丈夫?」
 その言葉にキョトンとした目を返す操。まったく唐突な事を言われたようで、意味が飲み込めていないらしい。そのせいで竜子の緊張の糸も緩みはじめた。竜子にしてみればまったく素っ頓狂に問い返す操。
「なにが?」
 本当に心当たりがないらしい。竜子は質問の切り口を変えた。
「アンタさっき橋から身を乗り出してたでしょ。あれ、何をしようとしてたの?」
「何っていうか、笹舟が流れてたからそれを見てたんだけど」
「本当に?」
 訝しむ竜子に、操は「うん」と頷いた。嘘をついているようには見えない。そもそも操は嘘のつける人間ではない。それは竜子自身が一番わかっていることだった。
(思い過ごしだった)
 心の中でつぶやきと大きな安堵のため息をつく竜子。脱力し、そのまま座り込んだ。それに続いて操もしゃがみこむ。竜子が顔を上げると操は小首を傾げていた。説明を求めているよう。竜子はゆっくり口を開く。
「今日の下校の時、アンタの様子がちょっと変だったから。まぁ大丈夫だろうとは思ってたんだけど。心配になっちゃって。なんていうか、変なことしないかとか」
「飛び降りるとか?」
 変なことをごまかした竜子だが、操はハッキリと例示した。そのせいか、竜子の顔がすこし曇る。その顔を見つめ、操。
「ごめんね」
 言って、操は膝をつき竜子の背中に腕を回し体をよせる。
「でも、ありがとう。竜ちゃん」
 赤い日はすでに落ち、代わりに満月が空を照らす。
 頬をよせる操。竜子はその柔らかな髪を撫でた。


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