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■scraps #51
 橘家書庫。母屋とは別に建てられた吹き抜け二階建ての、書庫というよりは小さな図書館といったところ。そこに竜子はいた。本棚から溢れ、無造作に積み重ねられた本を整理している。台車に本を積み、背表紙を確認して、所定の棚に向かう。台車に引っ掛けたラジオからは英詩の曲が流れていた。
 本棚に本を押し込む。そのまま、立ち止まる竜子。押し込んだまま背表紙に残る手を見つめる。つい先刻の、別れ際の操の横顔が脳裏によみがえった。
(あれは、完全にキレてたな)
 キレる。一般的には逆上するなどといった意味だ。だが、操のそれは一般的な形で現れない。むしろ真逆の反応として現れるといえた。
 一般的に、人はキレれば自己中心的に自分の意思を吐き出す。キレて攻撃的になるのも自分の意見を世界に対して刻むためだ。そう、竜子は考えていた。それはごく自然のように思える。世界に対して納得がいかないとき、それをどうにかして改変しようと働きかける。人は生まれてから常にそうしているのだ。キレるということだけではない。生きるというのはそういうことなのだろう。
 しかし、操は逆だった。彼女は世界に対して納得がいかないとき、現実がうまく飲み込めないとき、全てをやめてしまう。吐き出すことも、取り入れることもやめてしまうのだ。これをキレるという言葉で表現するなら、「通信が切れる」「電源が切れる」というのがふさわしい。だから問題なのだ。
 逆上するという形でキレて、うちにあるものを吐き出すことができればいくらか楽になれるだろうし、その反応から原因も見えてくる。そうなれば対処だってできようものだ。なにより、反応があるというのはどういう場合でもある程度の安心を生む。
 それのない操はまさに不安だった。
 ため息をつく竜子。ラジオから流れるニュース。練炭による集団自殺を報じていた。ラジオを切る竜子。扉が閉まる。無音の書庫。


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