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scraps.
■scraps #45
 それはものすごい衝撃だった、と思う。6メートルも跳ね飛ばされたというんだから、推して知るべしというやつだ。でも実際僕はそのことをよく覚えていない。だから当人の僕も推して知るなのだが。ともかく、僕は事故にあった。覚えてるのは赤い壁みたいなトラックと浮遊感だけだ。
 それと地面に落ちた時の衝撃、いろんな声、サイレンの音、ストレッチャー越しの救急車の振動も覚えてる。
 そうそう、あれはあまりいい寝心地じゃなかった。まあ、瀕死の人間が寝心地を気にするとは思えないけど。いや、ちょっとタンマ。僕はそんなこと覚えてないぞ。そういえば6メートル飛ばされたなんて、なんで知ってるんだ?
 それは気絶してるときに誰かが言ってたからじゃないか。
 気絶してたなら、やっぱり覚えてるわけない。だいたいさっきから変だ。僕の思考に僕以外がいる。君は誰だ?
 ようやく気づいてくれたかい。ボクは、君の脳はボキャブラリーが貧困だな、いい言葉が見つからない。
 失礼なやつ。
 まあまあ。ボクはそうだな、深遠知性体という。
 なんだそれ?
 世界の深いところ、あらゆる意識の根元の意識、知性だよ。事故の衝撃で君の脳にゲートが開いたんだ。ボクはそれを通ってきた。きた、という表現は適切とは言えないけど、そういうこと。
 これは僕の妄想かしら。それとも事故の後遺症。
 妄想じゃないけど、まあそう思ってもいい。この事態は君にしか認識できないだろうから。あと後遺症というのはその通りかもね。事故の前はこんなことなかったんだろう?
 もちろん。ああ、ていうか妄想なら消えてくれ。普通の僕を返して。
 消えれるなら消えるけど、そうもいかないみたいなんだよね。
 なんでだよ。妄想のくせに。
 だから妄想じゃないって。
 さっきはどっちでもいいって言ったじゃないか。
 じゃあ前言訂正。ボクは君の妄想じゃない。君の脳に開いたゲートを通ってきた深遠知性体である。以上。
 妄想じゃないの?
 安心した?
 するもんか。よけい問題だよ。ああ、なんでこんなことになったんだろう。……いや、実際どうなってるんだ? この状態は大変なの?
 たぶん、大変だと思うな。少なくとも大変なことは近づいてるよ。
 ? どういうこと?
 説明してる時間はない。起きて。
 て言っても僕は事故にあったんだよ。ケガとかしてるんじゃない?
 大丈夫、かすり傷だよ。起きて、起きて、起きて。
 そんなに急かされても。どうやって起きたらいいの。
 起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて……。

 はっと目を覚まし身を起こすとそこは病室のようだった。1人部屋だ、普通の。集中治療室とかではない。もしそうだったら起きることはできなかっただろう。軽傷というのは本当らしい。そう思ったところで、自分を起こしたものを思い出した。なんとか知性体と名乗っていた妄想。妄想じゃないって言ってたっけ。ともかく呼んでみる。頭の中で。どうやら頭の中にいるらしいから。
(おい、なんていったけ、さっきまで話してたやつ)
返事はない。続ける。
(言われたとおり起きたぞ。なにか大変なことが起きるって言ってただろ? いったいなにが起きるの?)
しかし変化はなかった。おかしい。いや、よくよく考えてみればそのほうが自然なのだ。さっきまでのことは夢だったと解釈すべきだ。事故った頭が見せた夢。ハッキリしていく意識でそう納得しかけた、その時である。窓が爆発した。ガラス片が飛び散る。驚きふりむくと、ひしゃげた窓枠いっぱいにワニの顔が引っかかっていた。声を上げベッドから転げ落ちる。拍子で点滴の針が外れた。と、
<逃げて>
という声が響く、頭の中。例のやつだ。やはり夢じゃなかった。声に出す。
「なんで答えなかったの」
<言語出力系の構築に手間取ったんだ。ってそんなこと言ってる場合じゃないけど>
ワニが身じろぎ、そのたびに壁がきしみヒビが走る。入ってくるつもりらしい。
<はやく逃げて>
言われる前に立ち上がり駆け出す。壁の破壊音がその背を追った。

 駆ける。事故あがりなのに体はよく動くものだと感心する余裕もない。廊下は暗く、夜であることが知れた。破壊的な足音が追ってくる。角を曲がると少し遅れてひときわ大きな音と震動。しかしこの状況で看護士や入院患者に遇わないのはどうしてか。それより。
「あれ何!?」
叫ぶ。返る声は冷静。
<情報変異体だよ。もとはなんだったかわからないけど、それを構成する情報の構造がメチャクチャになった、まあ化け物さ>
「なんで僕を追ってくる!?」
<君というか、ボクかな>
「出ていけお前!」
<できればそうするけど無理みたい。でもなんでボクがここに出てきたかわかったよ。あれを直すためだ>
「あれ?」
<後ろの化け物>
「じゃあさっさとなんとかして」
<ボクだけじゃ無理だ。君の協力がいる>
「なにすればいい?」
<食べられて>
頭の声につまづく。危うく転びそうなところをふんばり、駆ける。
<惜しかったね>
「おい!?」
<冗談だよ。でも直接あれに触らなきゃダメなんだよ>
「それで本当に解決する?」
<もちろん>
「……」
黙考。覚悟を決める。目指すは屋上。
<いいねその案。そうと決まったらダッシュダッシュ>
危機感に欠ける頭の声。考えは筒抜けらしい。知らない病院なのに屋上までの道がわかるのもコイツのせいかしら。

 月がでていた。何もない屋上の静寂を文字通りワニの化け物が破壊。小さい出入り口を壁ごと突き破り出てくるワニ。その尻尾に飛びつく影ひとつ。
「触った!」
歓喜。が頭の声が突き落とす。
<まだ、解析する。放しちゃダメだよ>
「冗談だろ!?」
ワニが尻尾を振り上げる。続いて右左。振り払うつもりだ。放したいが、このまま飛ばされたら最悪死が待っている。
「まだっ!?」
必死にしがみつくワニの尻尾。そろそろ握力が怪しい。反し頭の声に必死さは感じられない。
<もう少し……。できた。鍵生成中>
「早くっ!」
<生成完了。流し込む>
頭の声が言う。同時にワニが尻尾をムチのように振るった。手が放れる。体は空中へ。浮遊感。かまわず、
「成功したの!?」
問う。答えは聞くより早く現れた。眼下で変化。ワニの体が部分部分バラバラに形を変える。霞むところ、毛の生えたところ、人のようなところ、木のようなところ、石のようなところ、なにともいえないところ。そうしてひとしきりせわしなく変化した後、それはひとつの形に落ち着いた。
「救急車……」
屋上で横倒しになったそれを見下ろしつぶやく。
<みたいだね>
と、頭の声は相変わらずのんきだ。なにが起こったのかまったく飲み込めない頭に響くその声は感覚を鈍らせる麻酔のよう。おかげで混乱せずにすんでるのかもしれない。
 風。眼下に広がる夜の街を眺める。ふと疑問符。
「僕、飛んでない?」
<浮いてる、という方が正しいよ。地面に叩きつけられるのは嫌だろうと思って>
「なるほど」
まったくなるほどではないが驚けない。やはり麻痺させられてるのかしら。と、今度は頭の声から。
<空原覚(からはらさとる)>
「? なに?」
<これが君の名前か>
「そうだけど」
<ボクにも名前をつけてくれ>
なんでさ、と問おうとしたが声は先回り。
<どうやらまだ帰れそうにないからね。それに深遠知性体とか頭の声じゃ呼びにくいでしょ?>
確かにそうだが。それより、まだ帰れそうにないということは同じようなことが起こるということだろう。それは問題だ。が、やはりそのことを考える気にはならなかった。かわりに名前を、考える。しばらく。覚は口を開いた。
「エンチ」
<深遠知性体の間をとってエンチ?>
「そう。どう?」
と、今度は頭の声がしばらく沈黙。答えは、
<悪くない>
だった。
「じゃ、決まりだ」
いうと、頭の声改めてエンチのうなずく気配。そして。
<よろしく、覚。まだボクもよくわからないけど、たぶんボクにも君の、君にもボクの力が必要なはずだ>
「どうやらそのようだ。エンチ、こちらこそよろしく」
握手はできなかったがした気分。夜、月の下、街を見下ろして。

*エンド。ノリだけで始めたのだが、なんかこんな長くなるとは思わなかった。たぶん続かないと思う。わからんけど。そんな感じ。


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