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■scraps #37
 対歪事象課実行部隊本部部長室。その部屋にただひとつの机――中須賀のデスク上の置き時計が鐘をひとつ打つ。1時、深夜。先の事件から数時間。中須賀は椅子に背を預け、命からあがったレポートに目を通していた。整った、小さい頃から手習いを受けていたことを思わせる文字でまとめられたレポートだ。大筋は展望塔で命から聞かされたとおりである。
 ひととおり読み終え、中須賀は椅子に深く体を沈めた。椅子が小さく軋む音をたてる。嘆息。
「フムン」
 歪みに対するレポートには、基本的に「客観」が存在しない。事件の性質上、物的な変化や第三者の目に触れることが極めて少ないことが原因である。そのため、歪みと対する際は二人以上であることが必要とされる。レポート内容のすり合わせで、歪みの「客観的な事実」を導くのだ(理由はそれだけではないが)。
 ようするに、それほど歪みとは曖昧(あいまい)なのだ。
 曖昧なものを相手にしなければならない人間は、無意識にその相手に対する手掛かりを作る。手掛かりは相手が曖昧なほど心の中で強固なものになる。命のレポートを理解する(信じる)にはその手掛かりが邪魔だった。命が遭遇したものは常識的な歪みではない。記録にも残っていない。命の幻覚か、創作かも知れないとも考えられるが、その可能性は低いだろう。なら、この歪みは確かに存在していることになる。それは驚異だ。人の中に存在できる歪み。
 どちらにせよ、これは上に報告し回答を得る必要がある。だがそれも明日。日付の上では今日だが。レポートを引き出しに納め、火を落し、中須賀は部屋を出た。


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