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■scraps #36
中須賀は物見塔の展望階にいた。歪みを片付け命を探すなか、物見塔のテラス(?)にいる彼女を見つけたのだ。背中に声をかける。
「仕事中にこんなところで祭見物か?」
言いながら、近づく。振りむいた命は悔しさを顔に張り付けていた。目には涙が溜まっているように見える。感情を表に出すことの少ない彼女にはめずらしい。
「何があった」
命の目を見、神妙に聞く。命は顔をそらし、ぽつぽつとガス灯の火が浮かぶ街の方を向く。
「歪みだった。今までとは異質な」
「この人込みの中で歪みか。間違いはないのか?」
「ない」
歪みはどうやら何か単一の意思の塊らしいことはわかっていた。そのため、多くの人間のいるところではその人間たちのバラバラな意思に干渉されて存在を保てないのだ。だが命はここに歪みがいたと言う。中須賀には信じられなかった。
「だから異質な、と言った。見た目も人と変わりなかった。だが歪みだった。さっきのあれも奴が呼んだものだろう。どういう意図があるのかは知らんが。……私も喰われかけた」
命の、柱をにぎる手に力がこもるのがわかる。中須賀はなるほどと、驚きながら内心頷く。命の表情の原因はそれだったのだ。普段は見せない弱い面。父と娘というには無理のある年齢差だったが、中須賀は彼女の父のような気分だった。娘が泣いている。頭でもなでてやりたいところだが、それは命のプライドをさらに傷つけることになるのはわかっていた。そんなことは上官としても、教育係としても、父としてもできない。いや、本物の父親ならそれで命を救えたかもしれないが。無論、自分はそうではない。上官らしく、振る舞う。
「ともかく、今夜は引き揚げるぞ。帰ったらお前の見たこと感じたことを詳細にレポートにして提出しろ。今回のことは私が直接上に報告する」
「私の言ったこと、信じておらんのではないのか? それともこれを私を除隊させる材料にする算段か」
言いつつ、さらに顔をそむける命。横顔が後頭になる。それを見て、中須賀は本当に頭をなでてやりたい気分だった。大人を装っているが、命はまだまだ子供だなのだ。普段は気丈に振る舞っていても、こうしてボロが出てしまう。年齢ではなく、精神に父と娘ほどの差がある。命は、まだ守られるべき存在なのだ。
「そう拗(す)ねるな」
と、若干くだけた調子で中須賀は言う。
「確かに私はお前の話を全部鵜呑みにして信じることはできない。だが、お前が見たというのであれば確かに見たのだろう。外から見た事実がどうあれな。それならば、その「お前の見たこと」をしっかり調べなきゃならん。そこに歪みの正体があるかもしれない。私たちは、そういう戦いをしているんだ」
黒い町並みの先を眺めながら。国が開き、ガス灯が夜を照らすようになっても闇は明けることはない。視線を命の後頭に戻す。
「それともお前、嘘をついているのか?」
と、その言葉に命は振り向き、声を荒げる。
「誰が、嘘などついついない!」
溜まった涙が溢れそう。少し言い過ぎた。反省する中須賀。
「すまない。悪い冗談だった」
うつむく命は答えない。泣いているのかもしれない。罪悪感。声もワントーン落ちる。
「ともかく、引き揚げよう。今日はもうあがっていいが……」
「いや、いい」
顔を見られぬように歩き出す命。
「本部に帰り、レポートをまとめる」
背中で言って、階段へ。階下へ消える命の横顔を見送る。声がしっかりしていたことに中須賀は安堵。頭を掻き、命の後を追う。


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