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■scraps #30
 夜を異形が駆けていた。
 夜闇よりもさらに黒い、人影が実体をとったような異形のもの。そのアウトラインは目の焦点が定まっていない時のように、ぼやけている。
 それを追う者もまた駆けていた。黒い短髪の女だ。
 息ひとつ乱すことなく、正確に歩幅を刻みながら異形を追う。
 手に一本、身の丈ほどあろう棒を携えて。その棒はただ白く、異形が黒から生まれたのだとすれば、それはまさしく白から生まれたのだろうといった風だ。

 追う者と追われるものの差が徐々にせばまりゆく。あと数歩で女の射程距離内。となったところで異形が突然振り返った。ガス灯の明かりの下、異形の線はさらに茫然としたものに見える。その異形はどうやらやる気になったらしい。このまま逃げ続けても埒が明かない、と思ったかどうかはわからないが。
 歪みの考えなどわかりたくもない。
 肩をぶつけるつもりらしい。突進してくる異形を、女は半身を返しやすやすとかわす。ついでに足元に棒――彼女らは柱と呼ぶ――をくれてやった。勢いそのまま地面に激突する異形。女はすかさずその背に柱を振り下ろす。が、一撃は交差した腕に止められた。うつ伏せだったものが仰向けになっている。振り返ったわけではない。女は心中で舌打ち。顎を狙った異形の足を引いた柱で受け止め、振り抜く。さらに柱を回転。もう一撃打ち込む算段だったが、異形は後転でそれを回避。立ち上がる。
 刹那、異形の額部分から柱が突き出した。とたんに異形は硬直。アウトラインも判然とし、まるで黒曜石から削りだしたスタチュー(立像)の様。そして柱が引っ込むと、異形も消えた。霧散するなどでなく、忽然と。はじめからそこには何もなかったように。
 かわりに別の者が姿を現していた。女と同じ白く長い棒、柱を手にした、軍人風の男。構えていた柱を後ろ手に直し、開口。
「命(みこと)」
男は女をそう呼んだ。呼ばれた当の女――命も同じように柱を持ち直し、だが男から目をそらし、答えない。しばらくの沈黙の間に、数名の人間が二人の回りに出てくる。何か、調査をしている様子。男は再び口を開いた。言葉よりため息が先に出る。
「帰るぞ」
と踵を返す。命も無言でその後に続いた。


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