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scraps.
■scrups #1
 雨が降っていた。青い竹林にも、未舗装の路上にも、瓦をふいた大きな門にも雨は平等に降り注ぐ。
 だが一人、その平等を避ける者がいた。門の屋根の下、異様な男が一人。少し後退した額に、あごひげ。隙の無い眼に黒い背広。直立不動。
 そこまではいい。が、男は刀を携えていた。衣服と同じ黒い鞘に納まった日本刀。世が世なら、あるいは男が袴姿なら自然だったかもしれないが、しかし男は背広姿で、時代も平成だった。

 と、男が動く。腕を上げ時計を見やり、軽くため息をつく。ついでに襟元を直し、直立に戻った。
 この一連の流れももう何度目になるか。そう思い、空を仰ぐ。雨でかすむ視界の先は鉛色。当分は晴れてくれそうに無い。顔を戻す。と、目の前の景色に変化があった。
 竹林の間を走る道。その真ん中に人が現れていたのだ。遠目にはおそらく男。袴姿で、傘は差していないが刀を差している。相対したまま微動だにしない。剣呑な空気が雨の中を伝う。
「其の方、何者か」
門の下から雨中に問う。答う雨中の。
「それは己が太刀に聞き申せ」
刹那、男の背中を戦慄が駆ける。本能が柄を取り、抜刀。刀と鞘が離れきる前に甲高い金属音が響いた。我に返る男。眼前には雨中のが迫っていた。面長で、布に切り込みを入れたような目と口の狐顔だ。その薄い唇から声が漏れる。
「問いの答え、聞け申したか?」
が、男に返答の余裕は無かった。雨中のは十メートルはあろうかという距離を一瞬で詰めた。その抜き付けは何とか防いだが、次は無いだろう。首筋を汗がなめる。
 と、車のエンジン音が聞こえ始めた。雨中の顔越しに見慣れた白いセダンが近づくのが見えた。雨中のの顔が歪む。
「邪魔が入りましたな」
言い、そのまま竹林に消える。入れ替えにセダンが男の前で止まった。中からは黒い背広の若者が傘を二本手に出てくる。男は納刀し彼を迎えた。
「申し訳ありません、標(しめぎ)様。お迎え遅れました」
そういって傘を差し出す。男――標はそれを受け取る。
「いや、もともと予定外だ。大儀だった」
ねぎらい、二人はセダンの中へ。後席に標。背もたれに背中を預け深く息をつく。そして、いまさら震えだした手を強く握りなおした。


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