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■scraps #14
 夜を異形が駆けていた。
 夜闇よりもさらに黒い、人影が実体をとったような異形のもの。そのアウトラインは目の焦点が定まっていない時のように、ぼやけている。
 それを追う者もまた駆けていた。黒い短髪の女だ。
 息ひとつ乱すことなく、白いロングコートの裾(すそ)を浮かせて異形を追う。
 手に一本、身の丈ほどあろう棒を携えて。その棒はただ白く、異形が黒から生まれたのだとすれば、それはまさしく白から生まれたのだろうといった風だ。

 追う者と追われるものの差が徐々にせばまりゆく。あと数歩で女の射程距離内。となったところで異形が突然振り返った。身をひるがえすと同時に腰を落とし、アスファルトに手の平を押し当てる。勢いそのまま、何の抵抗もなく地面の下に手首までが消える。
 途端、異形周囲の地面が泡立った。手近な電柱やブロック塀が傾き、地面に沈もうとする。女も同様に、踏み込んだ足を地面にとられた。沼のようだ。動けばおそらくさらに深みにはまることになるだろう、と女は思った。異形がほくそ笑む空気が感じられた。が、女はまったく冷静だった。
 手にした棒を泡立つ地面に叩きつける。と、その部分だけアスファルトの姿を取り戻す。女はさらに力を込め、反動で足を引き抜き、高く空に身をなげた。
 異形が首を上げるのと、その胴に白い棒が突き刺さるのはほとんど同時だった。  異形の動きが止まる。それに合わせてだろうか、判然としなかった異形のアウトラインが鮮明になった。それきり、異形は立像となった。
 元に戻った地面に女が膝も曲げずに着地する。異形に歩み寄り、棒の端を手に、身をかえす勢いそれを使って一気に引き抜く。と、異形は霧散した。夜に溶けた、などというよりは、そこにははじめから何も無かったように。
 異変した電柱やブロック塀も元の様にかえっている。そこにはただ、女が一人いるだけだった。そして女も夜闇へ消える。
 あとには夜だけが残った。


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