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■大人とウソ
 大人になるということは、一つにウソを上手につけるようになることだと思う。ウソ、といっても人を陥れるようなものではなく、人を欺くウソだ。自分も含めて欺くためのウソ。腹が立つときでも表には笑顔を出すウソとか、そういうウソだ。

 やはりウソというとマイナスイメージがついてまわるが、ウソは社会の潤滑油でもあるんではないだろうか? 皆が皆本音バリバリで生きていたら衝突が絶えずに会社とかの基本的な社会システムが立ち行かなくなるだろう。本音で衝突が起こらないのは自分自身と相対している場合だけだろう(いや、それでさえ衝突はある。自己イメージと現実のギャップとか葛藤とかがそれにあたる。このへんを妥協とかで欺くのだ)。

 話がそれた。で、本音バリバリでこすれまくるギヤの間にウソという潤滑油が入るとそれなりな感じで回り始めるのだ。内側にささくれとかを残して。うーん、せちがらい……というのだろうか。

 しかし、本当に皆が本音だけで生きてはいけないものだろうか? 生きていけないんだろうねー。いや、生存という点ではどうかしらないが、現在のような超多人数の社会は破綻しちゃうんじゃないのかな。それを破綻させずに回していくのが大人ということかな。


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