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■食べ物のこと
 「飽食の時代」といわれて久しい昨今。確かに日本に住む私たちは(それでもある一部を除いて)食べるものが無いということを普通経験しなくなっている。食べ物など選り好み自由といった状態だ。

 しかしその反面。地球の別所では飢餓に苦しむ人たちが大勢いる。彼らには食べる権利はあっても食べるものが無い。

 そのあたりと関係があるかどうかは別として、食べ物を粗末にするとよく言われる言葉がある。

 「食べたくても食べられない人たちがたくさんいるのよ」

といった類の言葉だ。一見、いや一聞すると道理のある言葉である。だが実際のところどうなのだろうか?

 私たちが食べ物を粗末にしようがしまいが、飢餓難民たちの現状がどうこう変化するわけではない。例えば、私たちが食べ物をちゃんとキレイに残さず食べることによって彼らのお腹もふくれるだとかそういうことにはならないわけである。

 で、私たちの食べているものは彼らから取り上げたものでも、彼らが作ったものでもない。お百姓さんや農家の人とかが作ったものである。
 この場合、

 「食べ物を粗末にするのは、作ってくれたお百姓さんその他に失礼だ」

というのなら、確かにそうかもしれない。しかし実のところそれも疑わしかったりする。
 お百姓さん達だってなにも慈善事業で米を作っているわけではない。ビジネス、仕事、生きていくために作っているのだ。だからお百姓さんたちはタイ米が流通すると困るのだ。
 ……と、タイ米は別にいいのだが。つまり消費者とお百姓さんはギブ・アンド・テイクなのである。米を受け取るときに、すでに対価は支払っているからその米をどうしようが消費者の勝手なわけである。食べようが、お経を書こうが、新婚夫婦に投げつけようが自由なのだ。

 では、食べ物を粗末にして怒る理由はどこにあるのだろうか? と、考えた結果、ギブ・アンド・テイクでないところに怒っているのだろうという結論に至った。ギブ・アンド・テイク。要するにそれは「作ったんだから食べろ」ということである。確かに、これが一番説得力がある。

 作ったんだから食べろ。皆さんも食べ物を粗末にしないように、出されたものは文句無くたいらげましょう。


 補足:飢餓難民の触りからいってこのオチということで、かなり不謹慎であることは心得ています。ただこの問題を軽んじているわけではないのでご了承ください。


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