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■コインの表裏
 善と悪とか、常識と非常識とか、普通と異常とか、嘘と真とか、光と影とか。
 こういうのはしばしば「コインの表と裏」に例えられる。これが意味するところは、これらは常に表裏一体であり片方だけでは存在しえない、また裏を返せば……というところである。

 それもそうなのだが、ふと思った。
 コインの表と裏は誰かが決めるものである。決めるまではコインに表も裏も無く、どちらかを表とした時に裏も生まれるのだ。つまり、何らかの人為的な基準を設けて初めてコインに表裏ができるのである。

 これは、善と悪とかにもいえることではないだろうか?
 善と悪というのは相対的な価値観である。その価値観が善悪を決める基準となる。この基準はやはり人為的に設けられたものだ(そう言い切れないものもあるだろうが)。同様に常識と非常識や、普通と異常といったものも、何らかの「設けられた基準」で判断されるものである。
 つまり、なんらかの「縛り」の中で始めて成り立つものなのである。
 算数も同じだ。算数では1+1=2になるが、縛りを変えればそうはならない。この式は算数という基準の上で成り立つものなのだ。

 といったわけでコインの表裏と〜を対比する例えはこういうところも意味するように思える、というのが今回でした。


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