AREA513/contents.
novel.
■救世戦士 マサイダー
 あまりの騒がしさに目を覚まし、何事かと目をこすりつつアパートの窓の外を見た時、フクハラマサシはベッドに戻る事を決意した。もうそろそろ夏も近く、朝日につややかな新緑が輝いている。空はまさに日本晴れだ。そこまではいい。が、その空の下にいるものがよくなかった。青空の下、そこを埋め尽くしていたのは、ザリガニの上半身をした人型の異様に生々しい何か。何か…、一言でいってしまうならそう、「怪人ザリガニ男」だった。その怪人ザリガニ男たちが真っ赤なハサミを振り上げ路地狭しと暴れまわっている。
(…久しぶりに見たな、こんな変な夢)
――意外に強力らしい――ザリガニのハサミがブロック塀を打ち壊しているのを尻目に、マサシは眠りからさめるためベッドへと向かった。だが、彼がベッドへ辿り着くことは出来なかった。一瞬、階下でベキッと音がしたかと思うと、続けてさらに派手な音と共に男が床を突き破って現れる。細身でパリッとした黒のスーツにオールバックのこざっぱりした男。だが、マサシにそんな観察をしているような余裕は無かった。
「えっ?」
呆けたようにマサシ。が、それは無視し男。
「よかった、まだ無事だったか」
言ってマサシに近づき、
「さぁ逃げるぞ」
と腕を引いてまた穴に戻ろうとする。
「逃げるって、いったいどこに?」
「シベリアだ」
「シベリア……」
そこでやっとマサシは我に返った。男の手を振りほどく。
「ちょっと待て! アンタ誰だ!?」
「そんな些細な事はどうでもいい。とにかく逃げるぞ」
そう言うと男は腕を伸ばす。マサシはそれをはたき落とす。
「よくないだろ! 床に穴まで開けやがって…」
と、その穴に目を向けると、ザリガニの上半身が出てきていた。頭から飛び出した複眼がこちらを見つめている。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
思わず身を縮めてしまうマサシ。
「来たか…。仕方ない」
男がそう言うと同時に、マサシの首に鈍い衝撃が走る。
(えっ……?)
体から力が抜ける。薄くなる視界の中で、男のえらく軽薄な笑みを見たような気がした。

 次にマサシが見たのは工場らしい天井だった。床にでも寝かされているのだろうか、背中の感触は硬い。と、声。
「気が付いたようだな。フクハラマサシ」
それに飛び起きるマサシ。身を起こすと、そこはやはり工場で、自分はベッド――というよりは作業台――に寝ていたことがわかった。それはそれとして、目の前に立つ男にマサシは問う。
「なんで俺の名前を知っている?」
と、男はやれやれといった風に答えた。
「パンツにまで名前を書くというのは、親のしつけの賜物かな?」
「いや、書いてないぞ」
「これを見てくれ」
「…無視か」
微妙にうなだれるマサシを置きざりに、男はどこからかテレビを引きずってくる。電源を入れると、マサシが寝起きに見たものと同じような景色が浮かび上がった。街で暴れ回る怪人ザリガニ男達の映像。
(…………)
頭の後ろの方に違和感を感じながらその映像をしばらく眺め、マサシは再度男に問うた。
「これは?」
単純で至極当然と思えるような質問。男も単純に、当然のように答える。
「外の様子だ」
「へ〜…」
それからまたしばらくマサシはテレビ画面に目をやり、また口を開いた。
「これは夢じゃないのか?」
「夢だったらよかったんだがなぁ…」
遠い目で明後日の方を見ながら男。それを視界の端に、マサシは思考を一周以上回して、とりあえず結論に辿り着いた。
「そうか、夢じゃないのか」
それこそ夢を見ているように呟く。と、男が顔だけ意外そうに口を開いた。
「感動が薄いな。幼少期に悲惨な出来事でも?」
「無いっ! 驚くタイミングを逃しただけだよ」
妙な推理にとりあえず反論するマサシ。
「まぁこちらとしては都合がいい。そんなわけで次はこれを見てくれ」
どういうわけなのかマサシには分からなかったが、台詞に続け男はテレビに一撃蹴りを入れる。その妙に華麗な蹴りに、不覚にもマサシが感心しているとテレビの画面が変わった。ザリガニの次にそこに現れたのは、茶色のスーツを着こなした初老の男。その口髭のある顔にマサシは見覚えがあった。
「…社長?」
記憶の隅から何とか該当する人間を探し出したマサシ。実物は入社式の時にしか見たことは無かったが、おそらく間違いないだろう。ということはこの男も会社の人間ということだろうか? と、男が小声で言ってきた。
「社長だぞ。建前でも挨拶するのが社会人というものだ」
「わかるが、その言い方もどうかと思うぞ」
とまれ、一応言われたとおりにしようとテレビに向き直ると、マサシより先に社長が口を開いた。
「気分はどうかね? フクハラ君」
「はぁ…」
「すこぶる快調でございます」
男に返事をとられるマサシ。納得いかないものが残ったが、社長はそれでいいらしい。
「うむ、殊勝な事だ。カバキ君、説明は?」
「いえ、今からです」
答えて、男――カバキというらしい――がマサシに向き直る。開口。
「現在日本は危機に瀕している」
真面目な顔で男。
「はぁ…」
マサシは生返事を返すしかなかった。話は進む。
「君も見たあのザリガニの化け物。あれは恐ろしい戦闘力と繁殖力と生命力を持っている。今はなんとかこの街に押さえ込んでいるが、物量で押し切られるのも時間の問題だ。我々の概算ではもってあと24時間が限度だ。それまでに…」
そこで一度台詞を切るカバキ。マサシの両肩に手を置き、再度開口。
「君に発生源を排除してほしい」
「いやだ」
即答するマサシ。
「だいたい素手……、ハサミでコンクリートぶち壊すような奴に人間一人でどうしろっていうんだ? そういうのは自衛隊の仕事だろ」
「自衛隊には頼めない」
今度はカバキが即答。明らかに引っかかるものがあり、マサシは訊き返す。
「…なんで?」
と、カバキはまた明後日の方を見ながら話し始めた。
「君は、我が社が新しい薬を開発したのを知っているかい?」
「あぁ…」
そう言えば、何でも外来種にだけ作用する殺虫剤が出来たとかいう話を聞いたことがある。それを口に出しはしなかったが、カバキはそれを肯定と取ったらしい。
「あれがどういうわけかザリガニの突然変異を誘発したのだ。つまりこの事件の責任は我が社にあるのだが、こんなことが世間に露呈したら我が社に未来は無いっ」
「その通りだ」
断言するカバキに相づちを打つ社長。その二人を半眼で見やるマサシ。
「だからってなんで俺なんですか」
「それは私が選ばせてもらった」
と、社長。
「…どうやって?」
「うむ。人事ファイルをめくって最初に出てきたのが君だ」
「適当ですか!?」
「実際誰でもよかったしな。それに…」
「?」
「君は断る事が出来ないはずだよ?」
何かを含んだような社長の言葉。しかし、マサシには思い当たることが無かった。少し置いて、社長がまた口を開く。
「…君、社の金を使い込んでいるらしいじゃないか。ここで我々のために働いてくれたら、そのことには目をつぶろう。どうだ?」
「いえ、身に覚えがないんですけど」
「社長、それは私でございます」
と、大仰に礼をしながらカバキ。振り返るマサシ。が、社長は落ち着いていた。
「なんだ、君だったのか」
「はい」
そう言って乾いた笑い声を立てる二人。
「いいのか…?」
取り残されたようにマサシ。呟くが二人には届かなかった。
「まぁそれはそれとしてだ」
戻ってきて社長。マサシに言う。
「どちらにせよ君はもう引き返せないぞ」
「どうしてですか?」
「処置を施したからだ」
「処置…?」
疑問符を上げるマサシに鏡を持ったカバキが近づく。そこに映ったマサシの姿は全身銀色で、一昔前の特撮ヒーローを思わせた。
「とりあえず名前はマサシからとって“マサイダー”にしてみようと思うんだが」
どうでもよいことを楽しげにカバキ。鏡の中でマサシ=マサイダーは情けなく肩を落とした。

「で、具体的にはどうしたらいいんだ?」
ヘルメット――マサイダーヘルム――に内蔵されたマイクに向かって問い掛けるマサシ。彼は今、工場の外にいた。結局あの後、剣――マサイブレード――一本持たされ放り出されたのだ。とまれ、イヤホンからカバキの声が返ってくる。
『うむ、私の指示に従って進んでくれればいい。もちろんザリガニを見つけたらそのつど退治してもらう』
「もらうって…。本当に大丈夫なのか? こんなんで」
不安げというよりは疑わしげなマサシの声。今更言ってもどうしようもなかったが。
『もちろんだ。なんといっても我が社の技術の粋を結集して作り上げたものだからな』
薬品会社のどの部分を結集したらこんなものが出来るのかわからなかったが、カバキの声は確信に満ちていた。『それに…』と続ける。
『そんなに信用ならないのなら試してみればいいだろう』
と、その言葉に合わせたかのように眼前のコンクリート塀が爆砕。ザリガニ男が現れた。マサシを認めるとそのまま飛び掛ってくる。たじろぐ間もなく振り下ろされる赤いハサミ。とっさに頭上で腕を交差するマサシ。と、意外に簡単にハサミは止まった。意外だったのはザリガニも同じようで、ハサミを振り下ろしたポーズのまま固まっている。
『チャンスだ!』
カバキの声。
「お…、おう!」
それにマサシは一瞬遅れて反応し、マサイブレードを振りかぶる。袈裟切り。ザリガニ男の殻が斜めに割れる。同時に悲鳴だろう、金属をこするような声を上げるザリガニ男。直後、
 ドガァ!
とザリガニ男が爆発。小さなクレーターを作る。
「な……!」
絶句するマサシ。幸い被害は無かったものの、まさか爆発するとは思っていなかった。
「…おい」
低い声音でマイクに呼びかける。返答は、意図は理解できていたが役には立たないものだった。
『まぁ、セオリーということで』
「納得できるか!」
怒鳴る。が、それでどうなるカバキでもなかった。
『無事だから問題無し。それにあの爆発にも耐えうる性能を体感できたし、これから安心して戦える。さぁ行け、マサイダー! 人類に残された時間はあまりにも短いのだ!』
熱くカバキ。それを耳にため息一つ、マサシはクレーターを後にした。

 クレーターの連綿と続く道。それは今、川の土手にまで延びていた。その、溶けたアスファルトの異臭の先を彼、マサシは歩いている。問題の発生源はこの上流の貯水池にいるらしい。と、不意に立ち草の中からザリガニ男が踊り出る。が、それもまたクレーターを増やしただけだった。
 世界の平和を守る銀光の戦士マサイダー。彼の行く道にはぺんぺん草も残らない…。
「やかましい! あいつらが爆発するんだから仕方ないだろ!」
イヤホン越しに聴こえるカバキのナレーションに言い返すマサシ。
「それはそうと、本当にこの先にいるのか?」
問う。返ってきた答えはえらく自信満々だった。
『それは間違いないだろう。なんたってこの街でザリガニがいるのはあの貯水池だけだからな』
(なんか、それはそれで問題があるような気がするんだが…)
昔は、少なくとも自分がまだ子供の頃はザリガニなどどこにでもいた気がする。それほど急激に環境が悪化したということだろうか…。などと考えているうちに水門のところまで辿り着く。目の前は坂。ここを登ればザリガニの発生源がいるはずだ。少し呼吸を置き、マサシは緑の坂を一気に駆け上がった。
 そこでマサシがまず目にしたのは泥の島だった。貯水池の真ん中に泥の島が浮かんでいる。“発生源”というのだからザリガニで溢れていると思ったが、マサシの見る限りそこには一体のザリガニ男しかいなかった。貯水池の真ん中の島、その真ん中に一体。他のものとは別格ということだろうか、触覚が異常に長い。と、声。
「待っていたよ、フクハラマサシ。いや、マサイダー。さぁ、ここまでおいで」
ザリガニ男だ。ザリガニの口をパクパクさせている。あれでどうやって人間の声を出しているのかはわからなかったが、とにかく言われるままに泥の島にあがるマサシ。
「待っていた? どういうことだ?」
ザリガニの飛び出した二つの目を見据えながら問う。が、返ってきたのは問いだった。
「お前は何故我々の邪魔をする?」
「なに?」
「水を腐らせ空を汚し土を渇かせてきたお前たちのどこに私たちを止める権利がある。この星はお前たちだけのものではない。これはお前たちが今まで私たち、いや自然に対して行ってきた事への報いだ」
謡うようにザリガニ。少し間を取り、再度口を開いた。
「お前は何故我々の邪魔をする?」
問い。何も言い返せないマサシ。まさかザリガニごときにさとされるとは思っていなかったが…。
『マサイダー…』
さすがに真面目なカバキの声。が、言うことは変わらなかった。
『ザリガニにあれだけ言われて悔しくないのか?』
「いや、そういう問題じゃないだろ」
肩をこけさせるマサシ。刹那、背後から悪寒。意識するより先に本能が体を横にずらした。それに一瞬遅れザリガニの真っ赤なハサミがマサシの立っていた地点を直撃する。振り向くマサシ。そこには、まさに山のようにザリガニ男たちがいた。どうやら水中に隠れていたらしい。と、また後ろから声。
「作戦失敗か……」
そう言って舌打ち――舌などどこにあるのかわからないが――するザリガニ男。続ける。
「だがここで諦めるわけにはいかん。我らが同胞の死を無駄にしないために。我らが千年王国を築くために!」
叫びハサミを天に突き上げるザリガニ男。それに合わせて他のザリガニたちもハサミを振り上げる。
「自然の報いはどうしたっ!?」
叫び返すマサシ。
「そんなもの建前に過ぎん! さぁかかれ皆のもの! きゃつの屍の上に我らが崇高なる理想をかかげるのだ!」
掛け声と同時にマサシに踊りかかるザリガニ男たち。
「くそ! こんなとこで絶対死なないからな!」
こうして、マサイダー最後の戦いが始まった。

 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……
「……ん」
けたたましく鳴る目覚し時計。それを手刀で止めるマサシ。カーテンの隙間から差し込む朝日が目に痛い。半眼のまま半身を起こす。…妙な夢を見たような気がする。ザリガニの怪物とかヒーローとか、そんな夢。
「……夢、だったのか?」
呟くマサシ。ふと見た床には、大きな穴が開いていた。


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